さてろぐ

子どもと過ごす日々を綴っています。

自分の枠を外すために、あえて嫌なことをやってみる。

自分の好きなことをする、やりたくないことはしない、とよく耳にします。

ストレスを少なくするためには必要なことだと思います。

私もそうありたいと、今まで自分の好きなことしかせず、やりたくないことはやらずに生きてきましたが、なんとなく窮屈な思いをしていました。ストレスも感じます。

そんなとき友人が心に残ったブログの話をしてくれました。

 

「好き」の裏側を見てみる

そのブログには「自分が何を嫌いなのか分かると自動的に好きなものが分かる」といったことが書かれていたそうです。

なるほどなぁと思いました。

自分の好きなことをしているつもりだったけど、本当に好きなことではなかったのかもしれないと思った私は「嫌いなこと」「やりたくないこと」を書き出すことにしました。

他にも、自分には「できないこと」「向いていないこと」も書き出しました。

書き出してみると分かるのですが、なんとなく偏っています。

私は「人前で話すこと」や「大勢でわいわいすること」のようないわゆるアクティブなことが苦手です。「困っている人に声をかける」とか「断る」などもありました。

人の目をとても気にする傾向があります

書き出してみて気づいたこと

こうして、リストにして気づいたことがあります。

ほぼすべて、やったことがないこと、憧れていることだったんです。

これに気づいたときはとてもショックで、認めるまでに時間がかかりました。

やったことがないのに、できないと思っている。憧れているのに、やりたくないと思っているのです。いえ、逆でしょうか。

やったことがないから、できないと思っている?憧れているからやりたくない?どちらにせよ、自分で自分の首を絞めていることには違いありません。

でも気づいてしまったら、行動あるのみ。行動できない自分にもサヨナラしたい。

こう思ったのも坐禅を続けてきた効果だと思います。行動できない理由をツラツラと並べているのは思考ですから。

satidiary.hatenablog.com

まずは1つやってみることにしました

そして、私は長い間ぜったいにしたくないと思っていたことをやってみようと思いました。

それは「走ること」マラソンです。

小学生のころから走るのが苦手でした。

走るのがあまり速くないので、苦手だと思い込んでいました。徒競走でビリになるのを見られたくないという思いが、走る姿を人に見られたくないという思いに変わり、ずっと走ることを避けてきました。

今まで本気で走ったことなどないように思います。

夫は毎年マラソンに出場しています。自分の限界に挑戦するのが好きなのだそうです。それもどうかと思いますが、実はそんな夫がうらやましかったんです。

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「走りたくない」は「走りたい」の裏返しだったんだと気づき、私はマラソンにエントリーしました。まずは10km走から。

もちろん練習もしました。申込みボタンを押したときには、えらいことしたかもと少し思いましたが、わくわくもしていたのです。

走ったあとは10kmを完走することができた達成感と、思い込みが1つ外れたことを実感しました。そして思い込みを外すのはとても簡単だということにも気づきました。

自分の枠や思い込みを外すためには動くしかないです。行動するだけです。

動くことでどんどん外れる

それから私は「大勢でわいわいすること」を体験するため、この4月に交通安全母の会に入りました。(大勢でわいわいするようなことは実際ありませんが汗)

正直、面倒なときもありますが、新しい発見の方がはるかに多いです。

私は自分で作った枠の中で好きなことをしていただけだったので、なんとなく窮屈な思いを拭えずにいたのだと分かりました。

枠の外にはもっと広い世界があることを感じていたのでしょうね。

苦手の克服などと大げさに思わず、やったことないからやってみようくらいの感覚でやってみる。それが自分の枠を外して軽やかに生きるコツかなと最近思います。