さてろぐ

子どもと過ごす日々を綴っています。

思考の断捨離、坐禅のすすめ。

私は朝5時に起きています。そして30分ほど坐ります。

ただただ坐ります。坐禅です。

日常の中でも時間が空いたら、坐ります。足を組めない状態ならば呼吸を整えます。

頭を捨て、理屈を捨て、バカになるために坐ります。

 

坐禅を始めたきっかけ

考えすぎて疲れることはありませんか?

私は7年前に三女が生まれ、1年の育児休暇を取り復帰したあと、仕事に育児、家事とやらなければいけないこと、考えなければいけないことが多すぎて途方に暮れていました。

自分の許容範囲を超えていることが分かっているのに、どうしていいか分からない、何も考えられない、何も手につかない状態でした。そんなときに坐禅を知りました。

「心と体を整える朝坐禅」という本を読んだのです。

そうではなく、無心とは、自然の心。とらわれない心。
川の水のようにつねに流れ続ける心のことです。
決してなにも感じない心ではなく、感じたことに執着しない心ということなのです。

引用:金嶽宗信「心と体を整える朝坐禅」

この無心を知りたいと思いました。とらわれない心を手に入れたいと思い、本を読みながら自己流ですが坐禅を始めたのです。

坐禅を始めました

坐禅には臨済宗と曹洞宗の二大宗派がありますが、それぞれに作法が異なります。

禅寺の坐禅会に参加することで、作法を身につけることはできますが、当時の私にはそんな気合いはありません。

そこで、坐禅アプリの「雲堂 (undo)」を使いました。このアプリでは音声で手順を解説してくれます。また瞑想時間を自由に設定できたり、座禅の回数や時間が保存されるなど継続しやすい機能がついています。

こちらは「雲堂 (undo)」の動画です。よろしければご覧ください。


「雲堂」 how to 坐禅【日本語】

最初は10分と坐っていられませんでした

最初は10分坐るのがやっとでした。頭の中が静かになるどころか、騒がしいのが明確になってきます。こんなに自分はうだうだ考えているんだ。

でも10分でも坐れば、坐ったあとの感覚が微妙に違います。そんな些細な違いに支えられ、ただただ坐り続けました。

一番坐っていた時期には2時間、3時間坐っていたこともあります。まさに修行です。リラックスするために坐るのではなく、坐禅に挑むという感じでした。

一瞬一瞬を離さない、気を抜かない、です。

でも、このとことん坐ったときがあるからこそ、見えてきたことがあります。

思考はいったい誰のもの

6年坐り続けて、やっとそうなのかなと体感したことは思考は自分のものではないということです。思考とは

考えること。経験や知識をもとにあれこれと頭を働かせること。

出典:デジタル大辞泉(小学館) 

自分の頭で考えることは過去の知識でしかないということです。

家の中にあるモノと同じです。小さな頃に身につけた習慣、大人になった得た知識、手放せない考え方、曲げられない意地‥。

思考は生きていくためには必要な知識ですが、必要以上に思考すると生きづらく、悩みはつきません。思考が悩みを作るからです。

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私の場合は、おおかた8割ほどの思考は必要ないと感じています。でも、自分のモノではありませんので、コントロールができません。考えたくない!と拒絶しても、勝手にやってきます。

坐禅はその思考を眺める術を身につけることができます。思考と離れる術を知ることができます。自分の思考に振り回され苦しむ自縄自縛から解放されます。

ただ坐ること

ただ坐っていると、無限に湧いてくる思考に気づきます。気づけば思考から離れることができます。

この行為に意味があるか意味がないのか、正しいのか間違っているのか、損をしているのか得しているのか、ジャッジしている思考を自覚するために私は坐ります。

とにかく、頭を捨てて、理屈を捨てて、バカになるために

バカになるとは「素直」になることです。バカになって自分のカチカチ頭をぶち抜きたい。自分の頑なさ、我見を捨てて、今自分に必要なことを淡々と続ける。

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坐禅を続けること

坐禅を始める前は、忙しすぎて坐禅する暇なんてないんじゃないかと思っていました。でも逆でした。今は坐る時間を取ることで、時間がゆっくり流れていくのを感じています。

足を組むのが辛い方もいらっしゃると思います。私も結跏趺坐(右足を左の太ももの上にのせ、次に左足を右の太ももの付け根にのせる坐り方)なんてできません。

坐るときは常にあぐらですし、椅子に坐るときもあります。そして、信号待ちの数十秒でも、スーパーのレジ待ち時間でも呼吸を整えれば、坐禅と同じ効果は得られます。

私はそうして意識を内側に向け、今自分が何を感じているのか、何を考えているのか眺めるようにしています。

できる範囲でやることで、無理なく続けることができます。ぜひ日常に坐る時間を取り入れてみてください。